最近の食を取り巻く事情は、必ずしも良いものとは言えない状況にあります。BSE問題によるアメリカ産牛肉の輸入制限、遺伝子組み換え食品の安全性問題、産地・ブランド偽装などで私たち消費者はメーカーの論理に振り回され続けているのが現状です。そういった問題を解消するための手段がトレーサビリティなのです。
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「トレーサビリティ(Traceability)」とは直訳すると「追跡(Trace)+ できる可能性(ability)」と言う意味で食品をはじめとする商品が、生産・流通・消費の経路を最初から最後まで追跡できることを言います。元々は工業業界の用語で測定・計測機器の正確さを示す言葉として使われていました。
国際軽量基本用語集によれば、測定・計測機器におけるトレーサビリティとは『不確かさが全て表記された、切れ目のない比較の連鎖を通じて、通常は国家標準または国際標準に関連付けられ得る測定結果または標準の性質』と定義されています。つまり判りやすく言うと「ある秤を他の秤と比べてみて、誤差を含めても標準の結果を得られること」という意味でしょうか。
現在では「トレーサビリティ」は「追跡可能性」という意味で広く浸透しています。その背景にあるのは、生命の根幹を担う食品業界で消費者の命を軽んじるが如きの行為が繰り返されたことによる不信感があるものと考えられます。また、食品分野だけでなく工業分野においてトレーサビリティは測定・計測機器だけではなく、自動車や家電製品の部品に既に導入されており、日本製の製品の品質の良さを支えてきた陰の立役者でもあることが知られています。
さて、これほどまでに名の知れ渡ったトレーサビリティですがどのようなことを行って追跡可能性というものを引き上げていくのかをご存知無い方も多いのではないでしょうか? そんなトレーサビリティの手順や手法について解説していきましょう。
基本的に、家電製品や自動車に使われる部品は全てが一箇所の工場で作られるわけでも、一人の職人の手によって同じ品質で作られるわけでもありません。下請け工場がいくつもあり、さらにその工場内でグループ分けが行われて部品が生産されるのです。そういった工場・グループごとに生産した部品を分けて番号を割り振り、部品の品質検査に回します。品質検査では、部品一個一個を検査していくのではなく10個の固まりから一個、50個の固まりから1個というように抜き取り検査を行っていきます。この1個の品質が良ければ残りの固まりは合格、悪ければ残りも不合格となります。この工業的なトレーサビリティは、現在では商品が消費者に渡り、リサイクルに流れるまでを追跡する必要があるとされ改善策が模索されています。
では、食品においてトレーサビリティはどのような手法を用いて行われるのでしょうか。
BSE問題でクローズアップされた牛肉を例に取り上げてみましょう。肉牛や乳牛の場合、個体識別用に耳標と呼ばれる目印をつけることが義務付けられています。これに加えて、2004年の12月から施行された「牛の個体識別のための情報の管理および伝達に関する特別措置法」によって振り分けられた個体ごとのID(識別番号)によって牛の来歴から処理されたと畜場、そして出荷先までの細かな情報が一括して纏められています。この牛ごとの情報はネット上でアクセスすることができ、問題があるかないかまでが把握できる仕組みになっています。こういった仕組みは牛肉のみならず黒豚などのブランド肉などにも広く使われています。
有機無農薬野菜やブランド米といった、付加価値をつけた野菜や米などにもトレーサビリティは非常に有効です。米の場合、魚沼産コシヒカリが出荷量よりも多く出回っていたことや他県産のコシヒカリをブレンドして増量していたことなどもあり、消費者の信頼回復のために無くてはならない手段となってきています。野菜や米の場合、店頭やパッケージなどに「私が作っています」という農家の人の写真と名前が張り出されていることがありますが、あれもトレーサビリティの一環なのです。野菜や米は作った人の人柄が出来に如実に反映するものです。作り手の顔が見えるということは、一種のブランド効果だけではなく、農家の製造責任を明らかにするという効果があるのです。
また、全面的な導入が検討されている方法の一つにICタグがあります。ICタグとは、電波によって起動電力をまかない、電波で情報をやり取りすることが出来るごく小さなチップのことです。ICタグには情報を記録する機能があり、トレーサビリティで定義される来歴や流通経路などの情報を保存することが出来ます。しかし、使用法によっては買った人の情報まで追跡できてしまうので、プライバシーの侵害問題があるため慎重な議論が続けられています。ICタグはごく安価(1つ10円以下)で製造できるので、普及すれば物価への跳ね返りは抑えられると考えられています。また、一部のスーパーでは携帯電話などで読み込むことが出来るQRコードを商品に添付し、生産者や加工業者などの情報を消費者に知らせる試みが行われています。QRコードはバーコードよりも情報量が多く、パソコンで生成することができるのでトレーサビリティの観点からも注目されています。
ここまで、トレーサビリティとは何かを解説してきましたが、では一体何のためにトレーサビリティが必要になってきているのでしょうか?
俗に「インターネットは匿名社会」と言われます。『その気になれば自分を偽り、素顔の見えない場所で本音だけを言って人の心を傷付けることができる』からだと言われていますが、実際のところインターネットは完全な匿名性があるわけではありません。しかし、流通業界においては、既に完全な匿名社会が実現していたのです。大量消費が美徳とされた時代は、どこからでも商品を買い入れて「安かろう悪かろう」でも売ることが正しく、廃棄される場所も選ばなかったのが当然であると消費者もメーカーも考えていました。そのため、トレーサビリティというものは測定・計測機器でのみの概念でしかなかったのです。
しかし、メーカーの考えが変わらなければならない時代が来てしまいました。値段や機能ではなく安全性を重視する風潮に消費者の思考が切り替わったのです。安全性は生産・流通・消費の三段階において関わる人間が責任を持ってはじめて得られるものなのです。だからこそ責任を持つために、生産・育成や処理を行った人が明らかにされなければならないのです。それこそがトレーサビリティの意味なのです。
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